「ドーナツ・ショップ」

ドーナツ・ショップ11

‐11‐ ドアを抜けると、ひんやりとした空気に身体の隅から隅までが藍色に染め上げられるような気がした。声の主の姿は見えなかったけれど、僕に不平を言う権利なんてなかった。 「個性はある時、陳腐になる。」そう書かれた薄黄色の藁半紙が、象徴的に壁に貼…

ドーナツ・ショップ10

[第1部はこちらから: http://t-kishimo.hatenablog.com/archive/category/%E3%80%8C%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%84%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%83%97%E3%80%8D] 第2部 ‐10‐ …なんてこった。 この世界に迷い込んでから、一言でいうと、…

ドーナツの破片~s~

第2部 序にかえて ドーナツの破片~s~ 街の夜が平気なうちに それは顔を見せて笑い 静かに散る。 涼しさは心地良く彼を揺らし 街の灯りも人々の足音も ゆっくりとみな彼の味方になる。 一つの季節の終わりにはちゃんと一つの美しさが人々の心に淋しさを遺し …

ドーナツ・ショップ9

‐9‐ 社会と呼ばれているものに出て、社会人というものとして見られ扱われるようになって僕自身が最も変わったと感じることは、自分自身のポジションについて考えることが多くなった、ということだ。学生の頃サークルや部といったものに所属していなかった僕…

ドーナツ・ショップ8

‐8‐ さっきまでの思考が完全に、砂塵のようにさらさらと消え去っていく。それはどんなに抗っても手の施しようのない、半ば運命地味た死刑宣告だ。 「絶望の淵。 」 しかしもともと、この世のどこかにある思考なんてものは全て、限りなく曖昧なものだ。ちょ…

ドーナツ・ショップ 7

‐7‐ 「いくらなんでも多すぎやしないか?」 「いや、これくらいでちょうどいいよ。」 彼が運んできたトレイには、何種類あったろうか、色とりどりといっても言い過ぎではない種類のドーナツが載せられていた。それを見て僕は素直に苦笑したが、まぁ彼らしい…

ドーナツ・ショップ 5・6

‐5‐ 《(部屋。) どうしてこうも胸が苦しいんだろう、といえば大人げなく時代錯誤的なんだろうか。事実として、歯痒い、むず痒い思いは胸の中を完全に支配していて、忘れたい物事もべったりと僕の内側に張り付いてしまっている。なんていえばいいだろう、…

ドーナツ・ショップ 3・4

‐3‐ 「流れる車が明日に向かうけれど 僕の明日はまだ 思うようにはやってこないみたいで……。」 彼女はそんな出鱈目な歌を、僕の前でいつも歌っていた。その後ろ姿や声の調子からは、歌詞の内容から思い起こさせられる陰鬱さが微塵も感じられなかった。むし…

ドーナツ・ショップ 1・2

◇2008年05月31日からずっと書き続けている文章です。今日少し思うところがあって、いい機会なので定期的に再掲させて下さい。 基本的に表現は変えていません。若い頃に書いたものは、とにかく粗いというか、幼い感じがするのですが、それもまた僕であり、実…